
建久4年西暦1193年、鎌倉幕府が開かれた翌年、源頼朝が浅間山麓での狩りの途中に草津温泉を訪れたと言われています。ゆかりの場所は湯畑西側の"白旗の湯"。源氏の象徴、白旗から採ったものです。幕府の力を知らしめるために東国各地で狩りを行った頼朝。効能を基準とした江戸時代の温泉番付で、当時の最高位であった東の大関として名を馳せた草津の湯。将軍と大関、トップに君臨するものとしての縁を感じずにはいられません。

"世界無比の高原温泉"と草津を評した、ドイツ人医師のベルツ博士。東京医学校(後の東京大学医学部)教授として政府に招かれ、明治天皇の御典医も務めたベルツ氏は、近代医学の観点から、草津独特の強酸性泉質や時間湯という入浴法に着目し、同時に立地や環境の素晴らしさも内外に広め、地域の発展に大きく貢献しました。現在、彼の偉業等は「ベルツ記念館」で展示されています。また、名を冠した「ベルツ温泉センター」は日帰り入浴施設として賑わっています
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