草津新四国八十八ケ所霊場
大正9年(1920)草津町湯之沢部落の大師講信者がキリスト教に改宗、護持していた大師像を湯川に投捨てんとせるを聞き、信者これを制して落合の山林中に小堂を建立して安置、教会所を開いた。その後某氏、湯之沢のハンセン病患者のため、草津に四国八十八ケ所の霊場を発願して土地を教会所に寄附し、光泉寺住職中村林盛、その大願成就のため高野山にのぼり、更に四国に渡り、八十八ケ所霊場を巡礼、札所の土を一すくいずつ捧持して帰った。湯之沢の信者、草津町の篤志、また一般入湯客の篤志が一体ずつ寄進した88体の石仏の下に、捧持した聖地の土を埋設し、草津新四国八十八ケ所霊場の開山となった。
以来、病に悩み草津温泉に入湯する人々、病気平癒祈願の霊場巡礼所として、参拝する人は後を絶たない。